【初めての夜が明けた後のはなし】



村雨と初めて寝た。

勿論、大人しく並んで眠ったという意味ではない。やることやった、という意味だ。
そして今。初めての夜が明け、朝食をすませ、食後にコーヒーを飲みながらまったりしていた。
「あなた」
村雨はコーヒーカップを置いて、恐らく、刺すようにオレを見ている。
「何を照れている」
恐らく、というのは、オレはコーヒーの液面を見続けていて村雨の顔を視界に入れないようにしているからだ。
呼吸音。村雨が小さく息を吸い込んだ。ああ、ため息を吐かれるな。
しかしその予想は裏切られ、鼻で笑われた。
「生娘でもあるまいし」
「きっ……」
生娘ってなんだよ、確かにオレが下だったけど。
反射的に顔を上げると、村雨のしてやったり顔が目に入る。わざと煽られたのだ。腹が立つ。
「あのなぁ…」
そっちがその気なら、こっちだって黙っちゃないぞ。
「照れてたワケじゃねーっつの。今更ヤったとかでそんなんなる程ウブでもねーし」
「なるほど?」
村雨は少しだけ意外そうな顔をした。オレが目を合わせないのは照れているわけじゃない、とわかったらしい。
「ではあなたは今、何を思っているんだ」
もしかしたら、わざとやってんのかも。朝からずっとそんな考えが頭にちらついていたが、どうやら本当に自覚がないらしい。
マヌケなやつ。自分がどういう顔をしているかわかっていないなんて。それでオレを追い込んだつもりになっているなんて。
「口にしにくいのか。でもあなた、少し楽しそうだな? なにかを期待して――」
「だー! 思い出しちまってんだよ! クソッ」
当然、何のきっかけもなく思い出しているわけではない。目の前に座る恋人の、夜の匂いが残った顔のせいだ。
瞳に浮かぶ熱は昨晩の名残があるし、目が合えば目尻をうっとりとゆるめてみせる。朝からずっとそんな調子なのだ。何も思うなというのは無理がある。
常より表情が乏しいわけではない。けれども、今の顔は日の下で見るにはあまりにも目の毒過ぎる。
「オメーがエロい顔してんのがわりーだろ!」
一拍置いて、村雨は自分の顔にするりと触れてみせた。そして多分、驚いた。
ああ、夜の匂いが消えちまう。やり返した言葉を少し後悔する。もう少し、ちゃんと見ておけばよかった。
しかし予想に反して、村雨の表情は相変わらず夜の匂いを残したまま。何も言わず動きもせず、虚空を見つめている。
いや、こえーよ。
「な、なんか言えよ…」
村雨の眉が少し寄せられて、瞳がオレの居る方とは反対方向へ逸らされる。
「少し静かにしろ」
マヌケ。そう言った声が掠れていたので。

――コイツも照れることあるんだな。